Japrican Sounds

CEO Profile

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Tamio Yamashita
1971年10月24日生まれ
種子島で生まれ福岡育ちの九州男児
小さい頃から音楽が好きで洋楽聴きだしたのは小学4年生、 小学6年生頃からドラムを始め音楽の道へ進む。 中学生でブラスバンドへ入りパーカッションを担当。 同時にオリジナルバンドを結成したのもこの頃である。 中学生時代は鹿児島で過ごし、ブラスバンドのアンサンブルコンテストで 鹿児島県代表としてパーカーションで九州大会へ出場。 この時に、入賞し上記コンテストの審査員をしていた、 ウインドオーケストラで名門の福岡工業大学付属高校の鈴木孝佳氏に 声を掛けられ、同校へ音楽特待生として入学。 鹿児島から福岡へ移住。 クラッシックの基礎を徹底的に学んだ。(パーカッション担当) 高校3年生の時、全日本吹奏楽コンクールへ出場し見事全国優勝成し遂げた。 この時、全国のパーカッション部門で投票され1位を獲得。 高校を卒業し、オリジナルバンド活動再開。 この時、音楽スクールのドラム講師も務める。 バンド活動を辞めた後、DJへ転向。 福岡のあらゆるクラブでDJとして活動。 同時にダンスチームで名門のBe-Bop CrewのサポートDJやショーのRemixを手掛けた。 この頃、DTMに目覚めオリジナル楽曲の制作を始める。 福岡で開催されたユニバーシアード福岡の選手村のクラブでは、 福岡の有名DJが沢山選抜された中、チーフDJとして活躍。 この時、クラブのオーガナイズをしていたNew York在住のプロデューサーに気に入られ、 DJを極める為、New Yorkへ渡米(福岡からアメリカへ移住) New Yorkで本場のクラブ音楽を学び、日本へ戻る。 その後、福岡で再びDJとして活躍。海外の様々なアーティーストとのコラボレーションを行う。 日本へ戻ってからの「Japrican Sounds」としての劇的な出会いが、日本人形作家で有名な「原 康子先生」であった。 先生との出会いで、日本人形とのコラボレーションをすることになり先生の展示会のBGMソングを制作し見事成功に終わった。 2000年頃、友人に誘われ東京へ上京。 西麻布を拠点に色々なクラブでDJとして活動を始める。 上京し原先生との交流が深まり、人間国宝の先生方と会う。 文化庁のイベントにて三味線の人間国宝・今藤先生を紹介してもらいどんどん日本文化へ興味を持ち始る。 今藤先生の招待で宮内庁での行事にて「雅楽」を始めて聞き衝撃を覚えた。 これがJaprican Soundsとしての魂を揺さぶられた大切な経験である。